Marmalade-bomb


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今回の取り締まり対象となっていた商社に関して、
最重要視されていた違法薬物の取り引きについては、
証拠物件となる薬物がデータにあった別名義の契約倉庫で発見されたし、
取引相手や売り子の所在、販路やばら撒かれた地域に関する情報も以下同文であったため、
貿易商でもあった支社長自体がやらかした罪状は文句なく立件できるそうではあるが。

 軍警の新しいトップとやらの目論み、と

中也が やけっぱちな言とした、とあるお偉方が就任祝いに挙げようとした大手柄、
ポートマフィアに逃れ得ぬ一撃をくらわすぞ大作戦は、残念ながらふいとなったそうな。

「前の軍警 副総監職のお人が、
 種田長官と懇意にしていた どっちかというと穏健派の人でね。」

それでもなかなかの辣腕で、
何だかんだありつつも例の大抗争以降のヨコハマを、
力づくとか高圧的に、闇雲に締め上げて諸悪を徹底排除するという無体をやらかさず、
裏組織が在したままながらも牽制させ合う格好で
ギリギリ平和なままに保って来たお人だったということで各方面からの引きもいい。
そういう地味派手なお人の後任としては、
何か派手な手柄を引っ提げて堂々のデビューとしたかったんだろうねと。
結構微妙だった裏事情をさらりと口にした太宰へ、
そんなの初耳だった敦が 曙色の双眸を真ん丸に見開いてしまい、

「それで、今回の強引な摘発を?」
「ああ。ポートマフィアの構じる容赦ない攻勢をねじ伏せて 武装探偵社が頑張れば、
 何もせぬまま棚ぼたで美味しい手柄が手に入り、
 しくじれば 前任の御方もとんだ置き土産を遺していかれたと皮肉ればいいと、
 そんな他人のふんどしが頼りっぽい料簡でいたらしかったが。」

その辺は乱歩さんも初手から読んでたらしいし、森さんも言ってたよ、
ご本人は狡知に長けた怜悧な人物のつもりだったらしいが、
強いて言えば他者の威を借る 浅ましくも情けない輩と大差ない。
裏社会の抗争になれば両方一挙に刈れると思ってか、
あいつらの様々な犯行、
荒ぶりがひどく市警では手をこまねく級の事案にもなかなか腰を上げずに居たのが
何とも判りやすくて業腹だったって。

「前副総監様も一応は乗っかっててくれたらしい
 夏目せんせいの “三刻構想”へも、
 端っこだけ齧って
 そんなもの 忌々しい理想論だとでも思ってたらしくてね。」

高官辺りに多い、平和ボケした 実情が判ってない連中には珍しくもない傾向らしいが、
そのくせ、マフィアが夜の粛正に出るのを待ってたなんて確かに虫のいい話で。
そんな腹積もりから出足が遅かった蒙昧な軍警に花を持たせる気がなかったってね、と。
利用されることを読んだ上で
逆に乗っかってたらしいマフィアの頭目様の言葉を伝えた教育係様が肩をすくめ、

「軍警には、
 一般人による刑事事件への手出しをしていてはキリがないとかどうとか
 彼らなりの言い訳も出来ようからねぇ。」

「そんなのって。」

それもまた織り込み済み、出足が遅くとも即日解決できる駒があればこそ
余裕で知らんぷりを続けてたらしいマフィアの惣領殿に張り合おうとする方がおかしいとは、
どちらかといや警察側、表社会の番人であろう敦でも感じたほどであり。
確かに、被害をこうむる市民は置いてけぼりだなんて、本末転倒も甚だしい。

「そういや、異能者は居たのか?」

だからこそ武装探偵社も加担させた布陣だったろうにと、今になって中也が気づいたものの、
訊かれた太宰は鳶色の双眸をふふんと楽しげに弧にたわめ、

 「さてねぇ。居なかったんじゃないの?」

あっさりと言い放つ。
一応 疑問形な口調ではあったが、この玲瓏聡明なお人がそれって何だか辻褄が合わすで。

  つか、先見の知識としてもなかったみたいだよ?
  ウチにも出てくるよう要請したって理由としてはね。

  え? だって…。

軍警からの依頼の場合、それがありきというのが原則みたいに言われていたのに?と、
またぞろ敦くんが怪訝そうなお顔になったが。
消火活動にと参じた一団と擦れ違いざまのどさくさに紛れさせるように
単調な声で太宰が応じた言は やはりそれへ添うものではなく、

 「そも、あの商社の幹部連中の側にも、そういう方面の危機感はなかったらしいしね。」
 「……はい?」

煤まみれだし、敦に至っては薄色のジャケットが血を滲ませていてなかなか凄惨な格好だが、
内部での任に先行してあたっていた武装探偵社の面々…という検察側との申し合わせは済んでいるため、
消防関係の方々も空気扱いで意さえ留めぬ。
そんな危ない現場からひょこりと出て来た男らに触れない方も方なら、
そのまま何の感慨もなさげに立ち去る一行も大したもの。
遠くから集まりつつあるサイレンの響きの陰にて、こほと小さく咳をした芥川が、

「ポートマフィアを相手にするなら、
 それが提携レベルでも警戒してるものだろに、何の対策もしいておらなんだのだ。」

そうと噛み砕き。
それへ中也が帽子の胴を抑え込むようにし、顔を隠し気味にしたまま添えたのが、

「まあな。そうまで迂闊な連中だったとは、ウチも舐められたもんだぜ。」

呆れましたという感慨が重々籠った、苦笑交じりな吐息付きの一言。
彼らの本国とやらにだって 全く“異能”がないわけじゃあなかろうが、
理解や管理がこっちほどじゃあないのかも知れぬ。
それこそ狐憑きとか神の奇跡、若しくは悪魔という扱われよう止まりなのかもで。

「私たちへの参加要請も、
 今にしてみりゃあ キミらを狩り出すシナリオあっての編成だったとしか思えないね。
 大方、彼らをフォローしにマフィアから異能者が出てくるとかどうとか、
 そんな陳腐な見越しをしていたんだろうさ。」
 
ともあれ、
ポートマフィアまでは遡れなんだが、その手前まででいいなら結構派手な成果を上げたんだ、
一般の会社員や学生へまで波及しかけてた、危険ドラッグや覚醒剤の売買組織の摘発は出来たわけだしね。
しかも平凡な貿易商社を装ってた裏組織、摘発された舞台はど派手な火災現場。
野次馬を装っての謎の投稿で、
物理的に大炎上する現場の写真や動画が電網界で広まっていては、これを無下には扱えまい。
中途半端で、しかも現場が頑張ったって恰好の賛辞が集中。
市警や軍警とウチとの連携も、当日の混乱も、どこからリークしたやらその筋には広まってるから、
手をつけたのが当日だったという話だのに 的確に片づけてしまえるとは、
これはよき部下を育てられたことよと前任者が褒め讃えられて、
後任の御仁にはとんだ藪蛇もいいところだろうねぇ


  …………と。


中也や敦には そこそこ表向きの見解を語った太宰だったが、

「どう絆すかを知りたかった、なんて言っていたが、
 その実、私への厭味な念押しだったのかもしれないね。」

一応の決着を見たとあって、探偵社側の調査員陣営も 後始末との連携部隊以外は解散となり。
それでと訪のうた久々の芥川の住まいにて、
ざっとシャワーを浴びての さてと、リビングに落ち着いた太宰がぽつりとつぶやいた。
それへ、手際よくハイボールを作って来た芥川が、
涼しげなグラスをテーブルへと置きつつ小首を傾げる。

「首領がですか?」

あっさりと太宰に露見していた“盗聴器”。
のちに判ったのが、一応は3段階ほど中継用のツールがビルの内外に仕掛けてあったらしく、
気づかぬままだったなら やはり盗み聞きはされていたのだろう。
太宰が念入りにママレードの瓶へ詰めたのは一応の機能停止を狙ってだが、
その点はどうやら正解だったようで。
グラスを手にした太宰は目線で愛し子へ “ああ”と肯定し、
大した案件ではなかったからこその大ふざけだろうがねと、不愉快なことをという顔つきとなる。

  あんなどさくさに何でまたと問うたら、
  なに、どういう口説で中也や芥川を丸め込むかを知りたかっただけだと言っていたが、

「私や中也に、
 そういう場面にあれば キミや敦くんと本気で殺し合えるのかと
 わざわざお膳立てして問うたつもりなのだろうさ。」

「…っ。」

余計なお世話だと言わんばかり、単調な声音で紡がれた推測が 事務的且つ冷ややかで。
彼だとて覚悟はあったろに、
今の今、太宰から言葉にされて初めて触れたことのよに視線を下げた芥川だったのへ、

「まあ確かに、それがいやだと逃げても自決しても、
 その結果、キミが他の人の手にかかるのかと思えば…別な覚悟が要るのかも知れないが。」
「……。」

あんなものじゃあない死闘の場だって、この先にあり得ないとは言い切れない。
そんな事態に遭遇した時の覚悟はあるのかい?という余計なお世話な嫌がらせだと、
太宰は不機嫌そうに吐き捨てたのだが。
表情が曇った芥川へは、しばらくほどその様子を伺ってから、

「とはいえ、一番に失念してはいけないのが、直接の対峙以上の懸念もあることさ。」
「?」

聞き逃さぬよう、まだ失意のままながらも顔を上げた黒の青年。
彼にすれば、組織への忠心と 目の前に居る師への親愛の情と、
どちらをと選ぶのが毎度困難な二物なのだろう。
まだまだ可愛いねぇと内心で苦笑を浮かべつつ、
太宰は愛しい和子のいたいけないお顔へ視線を向けたまま、言を続けて。

  先だって押し寄せた北米の組合やら露系の一派やら、
  このヨコハマを舞台にどんな思わぬ存在が暴れるやもしれない現状だというの、

「平和ボケのまま忘れ去ってる 困った高官らに代わって警戒せねばならない。」
「…っ。」

今回の騒動の根っこに一緒くたになってた、とある高官の詰まらない思惑を皮肉った太宰であり。
本旨こそ極秘事項とされているが、
人目もはばからない規模で起きた様々な事件を政府や高官はどう捉えているものだろか。
ヨコハマのいたるところで原因不明の狂乱に意思を飲まれた人々が暴れたこともあれば、
唐突に姿を現したステルス型の強大な浮遊戦艦が墜落した事態もあったし、
政財界の大物らが動機や手法は不明のままに連続惨殺されるという猟奇な事件も記憶には新しい。

 “そのいづれにも……。”

そのどれにも首謀者らの思惑には謎の本とやらが絡んでおり、
だとすれば あの白虎の少年が、またもや無理から巻き込まれ関わることは必定で。
世界平和とか巨悪が振るう独善の阻止とか、そういった普遍的正義には関与しなかろポートマフィアも
この街を蹂躙する輩は捨ておけぬ点で武装探偵社と同じ船へ乗ることだろから、
そうなったときに最強だろう布陣を損なうなんて、
一応は聡明な合理化主義者のあの森が その場しのぎにでも選択するとは思えないと言いたいらしく。
起きるかどうかも判らない 未来の地獄絵図、
ポートマフィアと武装探偵社とで繰り広げる 骨肉ひしぎ合う直接対決なんて惨劇も、
そういう観点から見れば 世間の輩と同様な “平和ボケ”故の愚行にさえ思えるから不思議で。

「…太宰さん。」
「随分と楽観主義になった、とでも言いたそうだね。」

炭酸もウィスキーも十分好みに調合されたハイボールで口元を湿すと、
高々と組んでいた脚をひょいと組み直しつつ、やや楽しげに くくと笑った師であり。
鳶色の双眸が愛しい青年へと柔らかな熱を載せてたわめられる。

 「どう転んでも悔いのないよう、ちゃんと充実した日々を過ごそうじゃあないか。」

 私たちはどうせ長生きは出来そうにないのだろう?
 ……そうですよ。

いささか物騒な言いようだったが、彼らには彼らだけに通じる睦言でもあり。
とはいえ、それは判りやすく“ほらおいで”と、両腕を広げた太宰だったのへは、

 「〜〜〜〜。////////」

その懐ろ、胸板の頼もしさを思い起こしてか、たちまち真っ赤になってしまった、
其方の方向ではいつまでも初心でもある漆黒の覇者さんでもあったりする。



 to be continued. (18.04.28.〜)





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